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お蔭様で創立128年を迎えます|2018年6月

  園庭のバラが見事に開花、初夏到来をしっかりと教えてくれます。

  明治23年(1890)6月1日に「赤沢保育園」は誕生いたしました。

  明治23年創立者赤澤鍾美(あつとみ)はそれまで小学校教員をしておりましたが、小学校課程の教場を自宅に設立し「静修学校」と命名しました。

  明治20年当時、小学校の入学率は5人に一人程度で政府がいくら力んでも当時の一般家庭は子どもを朝から弁当持参で月謝を払って(大正末期まで公立小学校は有料だった)小学校に通学できる家庭は少なかった。年齢、通学時間や期間も選択自由な「静修学校」は予想以上に盛況だった。ところが通学生の中には勤務・奉公先の赤ん坊や幼い弟妹を背負ったままの生徒が少なからず見受けられた。鍾美はそれら幼児を一室にまとめて鍾美の家族がその世話をして生徒の受講の便をはかった。それが保育のはじまりとなった。その幼児保育の好評もあって静修学校の運営は発展した。やがて子どもだけを見てほしいとの要望もあり鍾美はそれにも応じた。

  明治・大正・昭和へと時代の推移とともに小学校への入学率も向上し、それにつれて静修学校の入学生は減少、昭和12年鍾美の死去とともにその歴史を閉じ、幼児保育が現在までに至っている。

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いかのおすし

  5月の大型連休明けの新潟市は、とんでないショッキングな事件、しかも最悪な結末に見舞われました、

  市内小針小学校2年生大桃たまきちゃんの事件ですが、しかもその犯人がたまきちゃんと目と鼻の先の近くの永年の住人とのことには耳を疑いました。

  危険な変質者や異常者の悪の手に乗らないようにと保育園では、上記の「いかのおすし」かけことばを繰り返し子どもたちの耳にとどけております。たまきちゃんも繰りかえし耳に口にしていたことでしょう。

  しかし実際問題として人は頭の中では何を考えようと自由です。いかなるトッピナ変った言動をする人であっても、それが法の範囲内であれば自由であり問題にすること出来ません。変なおじさんでもおばさんでも人それぞれ自由です。変わったお兄さんやお姉さんがいてもそれだけなら話だけの問題です。変な行為をやるがどうかを事前に見分けることはできない話。

  そうは言っても子どもを守るためにはどうすればよいのでしょうか。究極の防御法は「子どもを決して一人にしないさせない」ことにつきるのではないでしょうが‥。難しい問題です。

  連休明けのもう一つの悲しい出来事、五頭山連峰松平山での市内北区の父子遭難事件。

  昨年9月の園だよりで「護摩堂山ハイキング」をお勧めしたこともありで一言触れます。まず松平山と護摩堂山とでは難易度が大違いです。ズック靴と一食の食糧、一年生の父子連れ「護摩堂山」なら楽しいハイキングです。残雪の千メートル級のしかも地元の人も殆ど登らない松平山をなぜ選んだのか残念でなりません。

  山は高度に関係なく侮ってはいけません。特に降雪地帯の春山の道は融雪の関係で年間を通して最荒れの状態です。

  山は高低に関係なく危険と背中合わせです。低山歩きといえども慎重に信頼ある情報・経験者の助言確認が必須です。

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 新年度最初のメーン行事の遠足でしたが残念ながら天候不良のため県立自然科学館へと行く先変更。せっかくの「とん汁」も今回は楽しむことが出来ませんでした。他の団体さんも多いため館内の展示品や装置を落ちついて楽しむことが出来なかったことがこころのこりでした。

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