投稿者「akzw-hoiku」のアーカイブ

三日坊主を克服~やり抜く力を鍛えよう!|2020年11月 

 子どもの頃、近所に住む友達に触発されて始めた習い事。でも一月もたたないうちにすぐに飽きてしまい、先生から「練習しないならやめなさい」と冷たく突き放され、親からも『三日坊主』としばらくの間ちくちく言われた記憶があります。おそらく誰もが似たような経験をされたことがあるのではないでしょうか。

 ところが近年の脳の研究で、この『三日坊主』が克服できる、という事が分かったようです。三日坊主の対極に位置する『目標に対して最後までやり抜く力』の強い人は『三日坊主』の人と比べて、脳の中の前頭極と呼ばれる箇所の構造が違うのだそうで、その構造は目標設定を細分化する事によって、誰もが『やり抜く力』の強い脳の構造になり、地道な努力ができる人に変われるのだそうです。

 その方法とは・・・一つの大きな目標を設定し、ゴールに向かって一気に『やり抜く』のではなく、ゴールまでの道のりを細かく分けて小さなゴールをいくつも設定し、それらを一つずつクリアして最終的に大きな目標を達成する、のだそうです。そう聞くと、それ自体は特に目新しいものでもなく、いわゆる「小さなことからコツコツと」を実践しいているだけですが、実際このやり方で『三日坊主』タイプの脳の構造の人が『やり抜く力』の強い脳の構造の人と同じ目標を達成したという実験結果もあるそうです。

 あらゆる分野で成功を収めた人々に共通して備わっているのは、産まれ持った才能や資質でもなければ、知能:IQの高さでもなく、この『やり抜く力』(グリット:Grit)なのだそうです。グリット:Gritとは逆境にめげない『ガッツ』、挫折から立ち直る『復元力』、自ら率先して物事に取り組む『自発性』、何事もやり抜く『執念』の英単語の頭文字を取ったものだそうで、そしてこのグリットの良いところは、いつでも、誰でも、努力を始めれば、比較的短期間でも効果が得られるものなのだとか。

 子どもたちの興味や個性などを上手に見極めつつ、一人ひとりに合わせた目標設定をしてあげることで、子どもたちの『やり抜く力』を大きく育て、未来の無限な可能性につなげられたら素晴らしいですね。

職員紹介のコーナー|2020年11月 

 今月はぞう組担任の青木先生です。

 青木先生は平成12年の春から赤沢

 保育園で働いています。

 名前:青木 暁子(あおき あきこ)

好きな俳優:玉木宏

子どもの頃嫌いだったもの:虫、勉強、練習、国語、水泳

子どもの頃の夢:スチュワーデス、しかし姉の「飛行機は墜落するよ」の一言であっけなく断念。その後も姉の一言が心に刺さり、旅行の際は陸路を選ぶように。

動物が大好きなので休みの日には動物の動画(おすすめは柴犬とマンチカンの動画!)で癒されています。夢は大好きな動物たちを見に、日本各地の有名な水族館や動物園をめぐりながらおいしい物を食べ歩きする事です。

赤ちゃんが可愛い、と思って保育士を志しました。今は保育園で働いてる時が一番幸せで、子どもたちとのやりとりや、成長が垣間見れた瞬間、保育士になって良かったな、と心から思います。

職員紹介のコーナー|2020年10月

 今月より赤沢保育園の職員を一人ずつ園だよりで紹介していきたいと思います。トップバッターは今年の2月に赤沢保育園の母体となる社会福祉法人「守孤扶独幼稚児保護会」の理事長に就任した赤澤泰子理事長です。

名前:赤澤泰子(あかざわやすこ)
趣味:海外旅行、写真、料理、語学、猫
好きな食べ物:トマト、パスタ、そば、きのこ。

ひとこと:昨年末まで外資系投資顧問で働いていましたが、ちょっと休みたくなって退職したら、いつのまにか赤沢保育園の理事長になっておりました。保育、幼児教育は未開の地。子ども二人はとっくの昔に成人しており、子育ては遠い記憶。父は赤沢美治元園長、祖母は赤沢喜美元園長。赤沢の子どもたち、先生方が毎日笑顔で楽しく過ごせるよう全力で頑張っています。どうぞよろしくお願い致します!

『家族みんなでかるた』のススメ|2020年10月 

 今年度は新型コロナウイルスの影響で、さまざまな行事やイベントが自粛や中止を余儀なくされています。毎年年明けに開催される『漢字かるた新潟県大会』も、今年度は残念ながら中止となりました。県大会出場を楽しみにしている子どもたちや保護者の皆さまには、とても残念なお知らせとなってしまいました。(園内でのかるた大会は今のところ実施予定です。)

 今まで中止や延期されていたイベントなども、少しずつではありますが、規模を縮小するなどウイルス対策を万全に取った上で開催され始めてきていますので、来年度は県大会が開催できる事を切に願っております。

 (写真は2018年開催の新潟県大会の様子です。みんな真剣ですね!)

 ところで、皆さまは子どもたちと家で過ごす時にどのような遊びをして過ごしていますか?私が子どもの頃は、テレビゲームやインターネットなどもまだまだ一般的ではなかった時代でしたので、家の中での遊びと言えば、オセロ、将棋、すごろくや人生ゲームなどといったようなボードゲームや、トランプ、花札、かるたといったカードゲームがメインだったでしょうか。

 ちなみに「かるた」はポルトガル語のCarta(英語だとCard、カードゲームの総称)から来ているそうですが、遊び自体はポルトガル語が日本に伝わる以前から存在していたようです。今では百人一首を題材にした漫画をきっかけに、日本の「かるた」は世界からも注目されつつあります。

 このコロナ禍で、子どもを連れての外出もまだまだ不安だし、これから寒くなってくるとインフルエンザの流行も心配です。休日はお家の中で家族みんなが安心して楽しめる『俳句かるた』『ことわざかるた』をぜひご活用いただければと思います。

夏はやっぱり水遊び|2020年9月

 長い梅雨が明け、待ちに待った夏本番。今年の夏は仮園舎の豊照小学校の校庭の片隅に小さいプールをたくさん並べて、どの組も長い時間たっぷりと水遊びを楽しむことができました。

 先生にホースで水を掛けられてみんな大はしゃぎ!

 最初は水が怖くて泣き叫んでいたひよこ組も、最後には「もっと水遊びしたいよ」と泣いて抵抗する子も。

 9月に入ってもまだまだ暑い日が続く予報ですので、天候をみながら、今月も引き続き水遊びを楽しむ予定です。

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楽しい『お買い物ごっこ』

28日はみんな大好き『お買い物ごっこ』の日でした。 毎年定番のお魚屋さん、わなげ屋さん、ヨーヨー釣りを始め、今年は初出店だったペットショップが大盛況!お店屋さんを担当したぞう組さんも、好調な売れ行きに大満足でした。

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秋の遠足、今年は自然科学館に行きます!

 赤沢保育園の秋の遠足と言えば、毎年大型バスを貸し切り、ご家族の皆さまと一緒に収穫の秋を楽しむ『いも掘り遠足』を20年以上も続けてまいりましたが、今年は新型コロナウイルスの影響で残念ながら断念せざるを得ない状況となりました。

 秋の遠足自体を取りやめてしまう事も検討しましたが、コロナ対策をしっかり取りながら、子どもたちだけを引率して自然科学館へ行くことにいたしました。

 詳細については後日お手紙にてご連絡をいたします。

赤沢保育園 園長先生の交代について|2020年8月

 平成2年5月に就任して以来、30年余りの長きにわたって赤沢保育園を守り続けてきた赤沢美治園長は、7月20日をもって園長職を退任されました。赤沢美治園長は園長就任後、漢字教育や英語遊びといった学習的な要素も日常保育に取り入れるなど、長い歴史の中で培われた赤沢保育園の”赤沢らしさ”に加え、今の時代に合った赤沢保育園の特色づくりにご尽力されてきました。また仕事の合間には、お得意のDIYで、子どもたちのために踏み台や棚などをたくさん作ってくださいました。

 そんな美治園長先生ですが、今年のゴールデンウィーク中に胸の骨を折る大けがを負い、その数週間後に病院内で脳梗塞を発症。一時は後遺症で言葉が喋れなくなってしまいましたが、奇跡的な回復力で今現在は市内の病院で日々リハビリに励んでおられます。退院後には子どもたちの元気な姿や新しい園舎を見に、保育園に遊びに来てくださる予定です。

 そして7月21日、美治園長先生に代わって小林先生が赤沢保育園の園長先生に就任いたしました。新たに園長先生となった小林先生は、美治園長先生の更に一代前の園長である赤沢喜美先生が採用した最後の保育士で、昭和62年10月より赤沢保育園で働き始めました。誰よりも長く赤沢保育園の歴史を知っている小林先生が、これからは園長先生となって、赤沢保育園を支えてくださいます。

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園舎のお別れに来てくださりありがとうございました!

 園舎開放期間中は、多くの皆さまにお越しいただきました。7月9日にはUX新潟テレビで赤沢保育園の事が放映されたこともあり、最終日の園舎開放は大盛況となりました。

 現在、旧園舎は取壊し工事の真っ最中で、8月の終わり頃には更地になる予定です。園舎改築工事の様子はHPで随時更新していく予定です。

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 早いもので仮園舎での保育が始まってから、ひと月が経ちました。

 おかげさまで朝夕の送迎時も特に問題が起きることなく、スムーズに送り迎えが行えております。

 ただ旧豊照小学校の正門前は車の往来が激しい通りですので、建物の外に出たら絶対に子どもから目を離さぬよう十分にご注意ください。

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平熱のお話|2020年7月

 今までは普段の生活で体温を測る機会もほとんどなく、自分の平熱が一体何度なのか、あまり気にすることもなく過ごしていましたが、新型コロナウィルス感染症の蔓延で体温を測る機会がぐんと増え、改めて自分の平熱を知ることとなりました。『検温』も私たちの新たな生活様式の一部として、日常生活に定着しつつあります。ところで、そもそも『平熱』って何度くらいかご存じですか?体温計メーカーの測定によると、日本人の平熱は36度6分から37度2分の間だそうです。今現在多くのお店や施設に入る際に検温が実施されていますが、その基準となる37度も実は日本人の『平熱』の範囲内になります。

 そして個人差のある『平熱』ですが、法律で基準が明確に示されています。感染症法では37度5分以上を『発熱』38度以上を『高熱』として分類しています。

 体温を正しく測るには食後2時間を避け、わきの下のくぼみの真ん中に体温計を斜め下から押し上げるようにしっかりと差し込みます。体温計を差している方の手のひらを上に向けると、わきのくぼみが平らになってより測りやすくなります。

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仮園舎での保育がいよいよスタートです

 上履きの事前準備にご協力いただきありがとうございました。おかげさまでなんとか無事に仮園舎での保育をスタートすることができました。子どもたちの元気な声が広い校舎内に響き渡っています!これからも事故やケガの無いよう万全の体制で職員一同頑張ってまいります。

  7月からの体育遊びも、大きな体育館を使わせてもらう予定です。思いっきり体を動かして、外出自粛で溜まったストレスを発散できたらと思っています。

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皮膚トラブルの季節

 汗ばむ季節がやってきました。あせも、虫刺され、水いぼ、とびひなど夏場は子どもの皮膚トラブルが多い季節でもあります。汗をかいてふやけた皮膚は普段の皮膚の状態に比べて傷つきやすく細菌感染のリスクも高まります。汗をたっぷりかいたらなるべくこまめに着替え、皮膚を清潔に保つようにしましょう。日頃から爪を短く切っておく、肌に触れるものは綿やリネンなど肌に優しい自然素材のものを使うのも皮膚トラブルを防ぐ効果があります。またベビーパウダーも適度に使う事で、あせもの予防にもなりますが、使い過ぎはかえって逆効果になってしまうようです。

 いずれにしても皮膚炎がひどくなってしまう前に、なるべく早めに皮膚科を受診するようにしましょう。一旦ひどくなってしまうとなかなか治らないのも皮膚病の厄介なところです。

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赤沢保育園は6月1日で130周年を迎えます|2020年6月

 明治23年、現在の礎町に貧しい子どもたちの弟妹を預かる託児所として産声を上げた赤沢保育園も、この6月1日で無事に130周年を迎える事となりました。これもひとえに地域の皆さまや保護者の皆さまのご理解とご協力あっての事と深く感謝をしております。来月には現在の園舎を取り壊して新しい園舎の建設が始まります。その前にぜひとも現在の園舎のお別れの会を開催したい、と以前からいろいろ考えておりましたが、新型コロナウィルスの感染拡大の影響で、その企画もなかなか思うように進みませんでした。130年の長い歴史の中でどれだけ多くの子どもたちが赤沢保育園から巣立っていったのか、日本中にどのくらい赤沢の卒園児がいるのか、今となってはすべての卒園児に声をかける事も容易ではありませんが、一人でも多くの方に、この古い園舎へお別れをしにきてもらいたいと思っております。お別れの会の詳細は決まり次第ホームページの『新園舎改築のあゆみ』でお知らせいたします。

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仮園舎への引っ越しは6月27日(土)です

 仮園舎となる旧豊照小学校へ引っ越しする日がようやく決まりました。新園舎が完成する来年の春まで、小学校の広い校舎を使って、普段の保育園生活では体験できないような楽しい思い出をたくさん作りたいと思います。

  7月からの体育遊びも、大きな体育館を使わせてもらう予定です。思いっきり体を動かして、外出自粛で溜まったストレスを発散できたらと思っています。

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正しい『咳エチケット』で感染拡大を防止しましょう

 咳やくしゃみをする時、つい両手で口を覆い隠してしまう事がありますが、手に付いた飛沫には感染症の原因となるウイルスや病原菌が含まれているかもしれません。 

 小さな子どもに常に正しくマスクを着けさせるのも困難な事です。咳やくしゃみをする時の正しい動作が普段から自然に出来るよう、ぜひご家庭でも練習してみてください。 

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  赤沢保育園の園歌を作ってくださった元日本大学芸術学部教授の赤澤立三先生が5月22日にご逝去されました。 

 作っていただいた園歌は赤沢保育園の歴史と共に、これからも大切に子どもたちと共に歌い続けてまいります。 

 心よりご冥福をお祈り申し上げます。 

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目には青葉 山ほととぎす 初鰹|2020年5月

 園庭の木々の新芽の透き通るような淡い緑の美しさに思わず目が止まる。目に新緑の青葉、耳にはホトトギスの鳴き声、口には初鰹が何よりの一番だとの思いを俳句に託した江戸時代の俳人の句が頭に浮かぶ。

 とは言えホトトギスの鳴き声の実際をご存じでしょうか。実際、新潟市の下町に住まっていると耳にすることはまずない。その鳴き声は「とうきょう とっきょ きょかきょく:東京特許許可局」と例える伝え方もありで、とにかく、きょっ、きょっ、きょっと夏間近を告げる季節音だ。澄んだよく通る鳴き声を実際に耳にすると多くの人はきっと聞き覚えがあるのでは。

 ホトトギスと相前後して渡来する鳥にカッコウ鳥がいる。いずれも鳩よりはやや小型だが燕雀よりはずっと大型で何れも托卵(たくらん)をする。托卵とは他の鳥の巣に自分の卵を産み落とし抱卵や育雛を他鳥にさせる行為だが、単に自分の卵を産み落とすだけでなく先にある他鳥の卵を員数合わせのため食したりして排除したりするから非道な話。しかも雛になってからも仮親がせっせと運ぶ餌を独り占めするために他の本来の雛を巣から追い落としたりして仮親の餌をえげつなく独占するのだ。知ってか知らずかオオヨシキリや百舌鳥(もず)はせっせと自分の雛を殺した他鳥の雛を育てることをする。自然界にこのような不条理な残酷な話が存在するのだ。

 園庭の正面、椿の開花は盛りが過ぎたが代わって花海棠(はなかいどう)が満開だ。その隣に木瓜(ボケ)も満開してる。

 春を謳歌する花々、園舎改築後はどのように咲いてくれるだろうかと思いが至ると、次のような中国の古詩が頭に浮かんでくる。 

 年年歳歳花相似たり  歳歳年年人同じからず

 毎年毎年花は同じように咲くが、それを眺める人の世は同じようには行かず変わるものだと。

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新型コロナウイルス

 今年の2月始め、横浜港にクルーズ船ダイアモンドプリンセス号が入港した。船内に新型コロナウイルス陽性患者の発生が問題になり感染者状況が日々報じられた。それまで中国に発生が報じられてもどこか遠い出来事のようにと受け止めていたのがおおよそではなかったでしょうか?クルーズ船の深刻な状態がただ事ではないと緊張が国中に感じはじめてから約二か月、クラスターとかパンデミックとかオーバーシュートなどの聞きなれない言葉の氾濫も戸惑いを増幅させてくれる。

 とにかく一日も早い沈静化を祈るばかりです。

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園の創立記念日|2020年4月

赤沢保育園は6月1日です。学校の学期を考慮して多くの学校や園の創立や開園は4月が多い。6月1日はそれなりの理由があったのです。

 明治23年(1890)4月に自宅で発足を目指していたのは創立者の赤沢鍾美(あつとみ)でした。そして目指していたのは幼児保育ではなく学校教育の場でした。

 明治6年、発足間もない明治政府は小学校教育を義務教育として小学校制度を全国一律に発足した。制度発足実施でまず教場と教師の確保が問題となった。教場としてはお寺や集会場などが多く利用された。教員の問題は検定試験合格者を臨時教員として採用し同時に師範学校(教員養成校)設立した。江戸時代末期生まれの赤沢鍾美は明治12年その検定試験に合格して新潟町(当時)の小学校教員となった。

 明治23年、鍾美のこれまで給料が大幅に減額となり日額程度が月額となった。それまでは月額が5円以上だったのが27銭に減額されたのでした。師範学校卒業生が多くなると同時にそれまでまで活躍した臨時教員は不要となりおさらばというわけ。鍾美はそれまで自宅で教育指導を行っていたのでした。当時の小学校の入学率は20%程度でした。一般人の生活レベルは低く子どもを学校に入れられるゆとりのある家庭は限られていた。多くは僅かな礼金を持参して必要なだけを教えてもらっていたのでは。臨時教員でも学校の先生は立派な教師。低額で任意の時に通うことができるので重宝がられたに違いない。4月開校を目標にした。新潟市の記録によると4月3日当時の住所東厩島町隣接の住吉町から出火し数百戸を焼けつくす大火となり鍾美宅も焼けた。その後教え子たちの奔走により近くの礎町にところを得て「静修学校」と命名した私学校を発足させた。

 通学生の中には幼児を負ぶって受講するものいた。あつとみの家族が幼児だけを別室に分けて保育したことが赤沢保育園のはじまりとなった。

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宮城まり子さんのこと

この3月21日に亡くなられた。昭和2年3月21日生まれで奇しくもご自身の93歳の誕生日に亡くなられた。

 宮城さんは昭和28年、当時の家庭胃腸薬、西蒲角田浜産の「毒消し」売りを唄った「毒消しはいらんかねえ」という表題歌で歌手デビュー。その後歌手として俳優として大活躍、大躍進。さらに私財を投じて肢体不自由児施設「ねむの木学園」を昭和43年静岡県に設立、その後その施設経営に生涯を捧げられた。

 2006年新潟伊勢丹で同学園の子どもたちの作品展開催。同展を訪れた際まり子氏と歓談、サインを頂戴した。ご冥福を祈ります。

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