投稿者「akzw-hoiku」のアーカイブ

師走・12月・年の暮・かるた大会|2010年12月

 歳月人を待たず、時の経過は少しも休むことなく過ぎ去ります。12月のことを師走(しわす)ということは皆さまご存知の通り。年の暮ともなるとなんとなく慌ただしくなり、日頃落ち着いている先生も年末にはそわそわと落ち着きをなくすのが年の暮12月ということになっております。

 でも考えてみると何でそこに先生がでてくるのか、と疑問を感じて調べてみると、先生は先生でもお坊さん方の先生に当たる偉い坊さん・師僧までが年の暮れのお経を読むために大忙しに街中を走りまわることからとか。また歳の果て(終わり)・歳果てる月、歳はつる月、歳の端(としのはし)がつまって「しはす」からとか、いろいろな説があるようです。最後の説が私には一番もっともらしく思われますが。何れにしろ師走はそれなりの当て字でしょう。皆さんはどの説に共感されますか。

 お正月ともなると「かるた取り」が正月定番行事です。

 赤沢保育園では下の写真のような文字ばかりの俳句のかるたと諺(ことわざ)の2種類を楽しんでおります。

 園内大会は22日(水)、県大会は1月15日(土)に実施のよていです。県大会上位8位以内の方は東京での全国大会に出場できます。がんばりましょう。

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第31回 縄跳び大会

 去る11月26日(金)、園内縄跳び大会を実施致しました。

 この日のためにみんなガンバリました。大会直前の園児達の練習ぶりを見ていると、一日ごとに飛べる回数が増加し飛び方が上達していくのがはっきりとみてとれました。同時に飛ぶことの楽しさ もっと上手になりたいとの意欲を一人一人が持ち始めたところでした。大会の結果その熱は当分持続することでしょう。

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2010・11・6 開催 バザー作品展

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バザー・作品展|2010年11月

 猛暑が去ったばかりなのに天気予報は早や雪の話題です。

 11月は芸術の秋。未来のピカソや広重の卵が今一生懸命に作品制作に励んでおります。どんな仕上がりになりますかはお楽しみ。

 11月6日(土)はバザー・作品展です。食品売りや皆様持寄りの逸品セールもあります。どうぞ多数のご参加で楽しく盛り上げましょう。

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『いも掘り遠足』 無事に楽しく終わりました

 遠足当日の10月8日(金)は本当に素晴らしい快晴に恵まれました。

 いも畑場所は新潟市江南区酒屋町、磐越高速自動車道の南側脇にあり、すぐ近くには同自動車道の「新潟PA」があります。左下写真の地平線の左方向は曽野木方面に当たり、文字通り広々とした広野の一角に位置しています。

 園児の皆さんは日頃街の中にいるわけですから、晴れ渡った秋空の下でいもを掘ったり虫を追いかけたりと素晴らしい思い出となったことでしょう。

 平成4年以来続いている酒屋町でのいも掘り遠足ですが、好運ななことにこれまで一回も悪天候に逢っておりません。天候の変わりやすいこの時節を考えると、ずうっと好天に恵まれたことは奇跡的と言えます。これからも続く事を祈ります。

 今回の反省点として、参加者が予想以上だったためバス席が不足して皆様に窮屈な思いをお願いしたことです。深くお詫びもうしあげます。

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ご存知ですか、園に こんな大型遊具があるんです

 中でポンポン飛び跳ね回って遊ぶ子ども達大人気の運動遊具:商品名エアランド、 10月のお誕生会に使用しました。

 実は15年程前、園長が衝動買いした代物で小型車位の値段でしたがよい買い物でした。今、年に4~5回程使用しています。

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暑さ寒さも彼岸まで|2010年10月

秋の節気に入っても続いた今年の暑さはまた格別でした。

 お彼岸の中日・秋分の日は9月23日でしたが、そこまで連日30度以上の目一杯の暑さが続いたのには驚くやら閉口しました。今年の冬の降雪や寒さは一体どうなるのか気がかりです。

 「いも掘り遠足」当日の10月8日は二十四節気の「白露の入り」にあたり、白露は本格的秋の入り口です。「遠足」当日の好天を祈ります。

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秋は薄着習慣を作る絶好の機会

 これから寒さに向かい気温が低くなります。気温の低下に従って服装もだんだん厚着に変わっていきます。また風邪引きが多くなる季節でもあります。

 風邪にかかりやすい人、また一旦かかると重症になりやす人やあるいは回復の遅い人、と、そうでない人とに結構分かれます。そしてさらに観察すると普段厚着の人ほど風邪をひきやすいようで、反対に普段薄着の人は風邪ひきにも縁が薄い。厚着の人の場合は室温が高くなったり運動すると汗をかき易く、その汗が風邪引きの原因になります。普段薄着の人はなかなか風邪と縁が薄くかかっても軽症に終わる場合が多い。

 以前に厚着の習慣がついていても夏の気候でそれまでの習慣はご破算です。3歳頃まではともかく4~5歳位になると運動量も大幅に増加し、それに従って身体的にも日一日と大人の想像以上に成長変化します。そんな時寒さに向かって厚着を重ねるペースを少しでも遅らせて寒さに慣れるよう努めるのです。重ね着を一日でも遅らせ、一枚でも少なくするのです。

 寒さに向かうこの時期が厚着の習慣から薄着に切換えて丈夫な子どもへと変身する絶好の機会です。厚着習慣の虚弱体質から脱出するのです。汗っかきのお子さん程本来丈夫な体質に恵まれています。また厚着は体の動きを鈍らせます。

 ご承知のように関東地方の場合、冬の気候はほとんど降雨や降雪がなく晴天続きが多い。保育園幼稚園の担任が寒がりのクラスの窓は閉め切りがちが多い。それに反して元気のよい担任の場合は開けっ放なす事が多い。園児の風邪引きは寒がりの担任のクラスの子ども達が目立って多いそうです。閉め切った暖房の利いた部屋の汚れた空気と常に外気に直接触れる機会の多いだけで、それだけでも健康によいようです。

 新潟地方の真冬の気候では窓開けはできませんが、大いに参考になる情報です。薄着への切換えを頑張ってみましょう。ただし、一旦体調が悪い時には無理をしないでください。

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はだし保育と東大生

 猛暑の真っ最中の8月末のある日、東大教養学部理Ⅰに在籍するKI君の訪問を受けた。彼がこの東湊町通3丁目の実家に夏休みで帰省中だったのを知り訪ねてくるようにお願いしたもの。

 彼は石井式漢字教育を平成5年に取り入れて間もなくの平成9年3月赤沢保育園を卒園後、地元の豊照小、二葉中、新潟高校を経て、昨21年4月、上記の東大理Ⅰに見事にストレートに合格入学している。将来は化学分野に進みたいと考えているそうです。

 保育園当時に受けた教育や体験がどこまで将来に影響作用したかどうかを彼の記憶や理解を通して何とか知ることが出来ないかと、一度訊いてみたかったのでした。

 考えてみるまでもなく、保育園時代に受けた体験などを、ましてや受けた教育などを思い出すことができるのかどうかは、極めて難しい話です。

 しかし彼の言によれば、俳句や諺はずっと憶えていたし、今でも幾つかは言えるほどだ。特に諺はどんなにか実際に役だったか計り知れない。そして彼の感覚ではそれにもましてよかったと感謝しているものとして「はだし保育」を通してはだしの習慣を獲得したことが極めてよかったと感謝しているとのこと。

 園内では冬でもはだしである。はだしは体の動きを敏捷にし、そのことは頭脳の活性化を促し、偏平足や外反母趾への可能性を大きく予防する効果もあります。

 平成9年時の卒園生は全部で11名でした。女子で漢字かるたで全国大会で優勝したKAさんもいる。彼女は新潟大の法科に入学しており、石井式漢字教育には強く感謝している。

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白鵬・イチローの大記録

 大相撲9月場所で横綱白鵬が全勝優勝し、同時に連勝記録を62とし、大相撲史上最多連勝記録である双葉山の69連勝に次いで2番目の大記録となった。次の九州場所で連勝が続けば7日目で双葉山の記録と並び8日目にはそれをも超える大記録へと迫ることになる。

 双葉山の連勝記録は昭和11年1月場所から始まった。当時は一場所11日だったが、双葉山人気で次の五月場所は13日となり、その次の場所から現在と同じ15日となった。双葉山の連勝記録は昭和14年1月場所の3日目まで続いて69勝の記録となった。

 また園長の思い出話で恐縮ですが、昭和13年4月に小学校に入学したので、その時はまさにその連勝記録の真っ最中でした。ラジオがようやく普及し始めた頃で、実況中継が何とも不思議なことが出来るものだと話題になっている時にこの連勝が続き、文字通り日本中が双葉山の話題で持ちきりでした。学校から帰ると今日も勝ったかどうかを確かめていたことがはっきりと思い出されます。

 米国野球大リーグのシアトルマリナーズのイチロー選手がシーズン200安打を10年続けております。これも物凄い大記録です。

 世紀の大記録を見守ることが出来る幸せをよく噛みしめましょう。

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夏の思い出アルバム|2010年9月

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処暑(しょしょ)

 今年の暦によると去る8月3日が立秋、23日から9月7日までが処暑となって
いる。処暑とは暑さも落ち着き処を見つけてそれほどひどい暑さではないと
いうことになっているのですが、昨今の暑さは全国的に処暑どころではない
猛暑続き、連日各所で36度から38度などという数字が報じられている。
とはいえコオロギの鳴き声も聞こえるようになりました。処暑が終わると
白露(はくろ)秋分と季節は確実に秋に入ります。

 平成になってから現在の保育の仕事に携わるようになった現園長ですが、
昭和一杯までは新潟を離れて電機製造関係の仕事に従事しておりました。
猛暑が続くと40年ほど以前、仕事でインドに滞在して体験した暑さを
思い出すのです。

 1971年(昭46年)3月から5月にかけて、当時勤務した会社の提携先の
インドの某社に、ある電機部品の製造工程を立ち上げるために現地に赴いた
のだった。滞在先はインド第一の近代都市ボンベイ(現ムンバイ)だった。
インド洋に面した海岸都市のムンバイの3月~5月の気候は丁度今頃の暑い
新潟の気候とそっくり同じで、連日35度前後だった。海に面しているので
40度以上はないが湿度は高く日本の暑さと同様だった。

 土日の休日には各所見物のため、特に趣味の仏教遺跡を回遊することが
ねらいでインド出張を希望したのでせっせと出歩いた。大きな牛のお乳の
ように垂れ下がったインド半島の中央部デカン高原を旅した時に体験した
暑さは格別だった。3日の日程を確保して冷房なしの自動車でもうもうと
砂煙りを巻き上げての1000キロ以上の旅でした。

 デカン高原の旅の目的地は2000年以上前の仏教ヒンズー教遺跡群
アジャンター・エローラ訪問がねらい。ボンベイ郊外を過ぎるとすぐに
高度が上がりデカン高原への上りにさしかかる。道路端には腐敗のため象の
ように大きく膨らんだ牛の死骸が時々無造作に転がっているのにはびっくり。
車の高度が上がるにつれて気温もどんどん上がり、あっという間に40度を
超えて500m程の高原を上がりきったあたりでは45度前後を表示して
落ち着いた。温度計はアルコール温度計を日本から持参した。

 冷房装置のない車の中の温度は窓を開けっ放しにして走っている間は
気温の45度前後だが停車すると、車体が焼けているのですぐに50度以上に
上昇する。

 そんな凄まじい暑さのなかを丸一日400キロ前後走って日本の奈良の
ような由緒ある古都オーランガバード市に到着して二泊した。宿泊した
ホテルは町一番のホテルだったが当時の客室には冷房設備がまだなかった。
客室の窓辺やベランダにはリスが人を警戒する風もなくちょろちょろと
遊んでいて、見た目には涼しげだがとにかく暑かった。深夜になっても
気温は依然として44~5度。ベッドの上では天井から直径1m程の三枚翼の
扇風機がヘリコプターのように回りっ放しだ。最初の晩はその下では
ほとんど眠れなかった。

 翌日、目的の遺跡群を訪問を済ませて同じホテルでの宿泊、疲れと慣れの
せいか二泊目はけっこう眠れた。三日目の帰路、高原を降りると、もう暑さの
ため狂ってしまったのではと思っていた温度計だったが、再び37度辺りを三日
振りに無事に示し始めた。

 人間は何日も体温以上の環境の中でも生きていけるものだと感心。現地の
人たちはそんな中で生れ育ち生活しているのだから当然の話なのだが‥。
そんな自然環境の中で確実に低温を示すのは人の体温なのだ。人肌は温かい
ものではなく気温よりもヒヤリと冷たいものなのだ。そんなことをこの旅から
学んだのでした。

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朱鷺メッセ 七夕飾りに参加|2010年8月

 恒例行事となりましたが「朱鷺メッセ」の七夕飾りのお手伝いのため、7月
初めにぞう組園児全員で朱鷺メッセに出かけました。写真のような好天に恵ま
れ楽しく無事にお役目を果たすことができました。テレビ取材もあり、ばっち
り放映された子もありました。

 子ども達がそれぞれ短冊にどんな願いごとを書いたでしょうか、ちょい気に
なりませんか、ちょっぴり内緒でのぞいてご紹介いたしますと・・、大略次の
通り。ご自分の子どもさんの願いはどれでしょうか。

 女の子は、 ・プリキュアになれますように(3名)、・アイドルになりた
い(1名)、・可愛いい女の子に(1名)、ママのように料理上手にそして子
ども3人産みたい(1名)にはドキンとします。日頃、言われてるのでしょう
かご飯が多く食べられるように、怪我しないこと(1名)でした。

 男の子は、 ・仮面ライダーになりたい(4名)、・新幹線の運転手に 
・サッカーが、 バスケットが上手になりたい(各1名)と単純明快。

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はっけよい のこったのこった園内相撲大会

 23日園内遊戯室特別会場で園内相撲大会が開かれました。折から大相撲
名古屋場所は妙な話題の場所となりましたが、赤沢保育園場所は実に明るく
楽しい場所でした。みんな一生懸命がんばりました。

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第四銀行住吉町支店・赤沢保育園作品展

 第四銀行住吉町支店さんのご好意により同店ロビーで7月26日から8月
一杯の予定で うさぎ・ぱんだ・ぞうの各組全園児の作品を展示しておりま
すので、ぜひご覧ください。

 姓を略して名前だけの表記ですがご了解をお願いします。

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運動会(6月26日)|2010年5・6月

赤勝て! 白勝て! 運動会

 待ってた 待ってた 運動会 ワーイ ワーイ  赤組だ  白組だ

   綱引きだって  負けないぞ フレ  フレ  フレー

      駆けっこだって  負けないぞ フレ  フレ  フレー

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穀 雨(こく・う)

4月20日から5月4日までが二十四節気の穀雨です。

 二十四節気(せっき)とは、節分(立春・立夏・立秋・立冬)を基準にして一年を二十四等分して約15日ごとに分けた季節の名称です。そして今がちょうど穀雨に当ります。

 穀雨とは春の雨がたっぷりと穀物を潤すことを意味し、農作業の種まきに適した雨の恵みがある時期との意です。

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君子蘭をいただきました

 そんな四月半ばのある日、園長宛てに千葉県長生郡にお住まいの女性の方から写真のような見事な鉢植えの君子蘭が宅配便で配達されてきました。

 送り主の住所・お名前をみても全くの心当たりがありません。どなた様からまた何で「君子蘭」と、不思議な気持ちでびっくりするばかりでした。鉢の脇に添えられた封書がありました。

 封書には次のように書かれておりました。お出しになられた方のお許しをいただきまして、次にご紹介します。

 『始めてお便りを差し上げます。過日新聞に赤沢保育園の記事が出ておりまして、昔々の卒業生として懐かしく拝見いたしました。

 開園百周年とか、おめでとうございます。

 又漢字教育をやっておられるとか、幼少の覚えた字は一生忘れず有意義の事と存じます。

 私の故郷は新潟で湊町一に住んでおりました。旧姓荒木愛子と申します。七十数年前卒業生の代表で証書を頂いた事記憶して居ります。

 お陰様で暖かい千葉で主人と暮して居ります。好きな花造りにも精をだしております。風で少し葉が痛みましたが、育てた君子蘭です。気持ばかりですがお祝いまでお受け取り下さいませ。

 乱筆で失礼致します。

 四月吉日                        倉井愛子

 園長先生へ   』

 以上お手紙(全文原文のまま)をご紹介しました。

 付け加えますと、昨年9月に産経新聞全国版に赤沢保育園の石井式漢字教育が紹介されました。それを読まれて懐かしく思い出されたものと思われます。昭和10年頃のご卒業かと推定されます。その頃は卒業生は200名位はあった筈で、それだけに現在のように一人一人に証書を渡すことは出来ず、6組の代表に渡しており、各組は40人以上の人数でした。

 当時は現園長祖父初代園長赤沢鍾美が存命しておりましたので鍾美自身から受取られた筈です。厳めしい髭の園長からの証書受領は幼児にとって印象がことのほか強かったことと思われます。なお、文中の百周年は百二十周年のことです。

 倉井様の暖かいご厚情、本当に有難うございます。湊町もすっかり変わりましたが、お実家にお出での節はどうぞお立ち寄り下さい。今後の益々のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

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右利き左利きの利き手について考えてみます

 ①大体生後一年前後から子ども達は好きな食べ物をみると手を伸ばして自分で口に運ぼうとし始める。そんな時左手でなく右手を伸ばして掴ませるように仕向ける。箸やスプーンなどを持つ場合でも常に右手でするようにする。子ども達自身を好きなように任せれば右左まちまちに手を出す。そんな時出来るだけ右を用いるようにリードしてやる。それを一歳半~2歳前後まで注意すればその子は間違いなく右利きになる。その時期に子どもの選択に任せるなどと無関心に放置すればその結果は右左まちまちになるのは当然な話。

 ②4~5歳頃になってから矯正しようとしても脳の回路や筋肉の発達がそれなりに出来ているので、無理にやると問題が発生する。どもりや目をパチパチするチック症になったりする。

 ③人間世界はハサミや包丁などの道具からボタン穴位置や自動車・機械、住まいの構造等も大半右利きを想定して造られている。左利きにとっては一生不便が多く割を食うことになる。

 遺伝説もありますが、ちょっとした努力習慣で決まるのでは…。

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郵便ごっこ|2010年1月

 年間恒例行事の中で12月下旬に実施した「郵便ごっこ」があります。これは模擬はがきを使って子ども自身ではがきを書いてお友達や先生に送ったりするのです。

 しかし手紙を書くことは大人にとっても簡単な仕事ではありません。いくら書きやすいはがきであっても子どもが自分自身で内容を考え文字を書いて仕上げるのですから高度な頭脳作業です。それだけに年長児ぞう組限定行事になります。

 年長組の皆さんにしてもはがきらしく仕上がっているのははっきり言って少ない。それどころかいくら眺めても推定しても読むことが難しいもののほうが多い。それでも子ども達が悪戦苦闘した結果を目にすることは、それぞれの努力工夫の跡を辿ること出来て読んでいて楽しい。それぞれの成長振りや大人とは違った着眼点や考え方が分かったりしてどきりとさせられたり、教えられることも多い。日頃子ども達と接触し密着しているのでそれなりに子ども達のことは分かっているつもりでも気付かされることは少なくない。

 では次に、実際の子どもたちの作例の幾つかを原文のままご紹介します。

①えんちょうせんせいへ  えんちょうせんせいはしつこいけどわからないことわおしえてくれる うちのおじいとわおおまちがいですね    ○○○より

※階段を降りるとき一段毎に両足を一旦揃えてから降りているので、左右の足を交互に歩行と同じようにして降りるように頑張りなさいと何度か注意したのが気になってるようです。おおまちがい は大違いと言いたかったのではないでしようか。

②わたしは土曜日かまくらをつくりました。さとう先生は土曜日なにをしていましたか。 □□□□(より)

※この人のはがきはこの通りに漢字まじりで書かれており、□印個所は自分の名前をしっかりと漢字で書いてありました。句読点の(。)もきちんと付け、(より)は参考までに付け加えました。漢字の字形もしっかりと整っており、小学校2~3年生としても通る立派な出来上がりです。

③たなかせんせいかぜひかないれね  ぞうぐみ ○○

④あおきせんせいおしごとがんぱってねいつもおそうじがんぱってね      そうぐみ○○

⑤やまもとせんせいいくもおそうじがんぱてね ○○○○○○

いくもこれはいつもと書いたつもりでしよう。「つ」が幼年期にはよく見られる左右反対の鏡文字になったと思われます。

⑥みさわせんせい かぜひかないでね  ぞうぐみ○○○

 職員宛はがきの大部分をご紹介致しました。ここにご紹介しないものもありますが、それらはイラストや模様ばかりで文がなかったり、あってもどうにも判読できないものでした。

 子ども達の目線にどんな風に大人の姿が映っているのでしょうか? はがきを通してその暖かい思いやりの視線を知ることが出来ましたことは嬉しい収穫でした。

ぶらんこや 桜の花をもちながら 小林一茶|2009年4月

 新潟市内の桜の開花はまもなくかと思いますが、新入園や進級の園児の皆さんの胸の内はすっかり春花満開になっているかと思います。とは言っても新入園の幼い皆さんが張切った気持ちでいても、これまでの家庭環境と異なる初体験の園生活に迷いやトラブルなしにすっと入れるかどうかはまた別問題です。理由や筋道が呑込めない幼児達の小さな心の中で、これからは大なり小なり一もめや二もめがあっても当然な話です。一時的に登園を嫌がったり拒否したからといって保護者の方はそれに負けないで登園を続けましょう。間違いなく必ず保育園生活が好きになりますから。それに向かって頑張りましょう。踏ん張りましょう。

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石井式幼児教育

文頭掲載の俳句は赤沢保育園の園児達が日頃園内で楽しんでいる「石井式俳句かるた」の中の一句です。当保育園では石井式幼児教育を日常の保育の中に取り入れております。上記の俳句かるたはその石井式教育の教材の一つです。石井式教育と言っても初めて耳になさる人が多いかと思いますので、簡単に説明致します。

 石井式教育の基本的特徴は、まず(1)美しい言葉、正しい日本語、やさしい会話で子どもと接することを基本にしております。そして石井式では(2)その言葉も口から耳への話し言葉だけでなく文字や文章による書き言葉で子ども達と接するのです。

 こんな風に説明すると石井式は別に特別な教育法とは思えないかもしれません。ところがその対象年令が従来の常識と大きく異なるのです。まず0歳からなのです。私どもの経験からは生後6っか月位から始めるのがもっとも効果的でかつ自然で無理がないようです。

 人見知りが始まる生後3~4か月頃から始めるのです。

 この時期は子ども自身が外界を自分なりに認識し識別が出来るようになる第一歩の時期です。親しい人とそうでない人との区別、そうでない人に対して不安を覚え、抱かれたりすると不快不安を感じて抱かれることを泣き叫んで拒否し、自己主張の第一歩が始まります。その時期は石井式教育学習開始の時期でもあるのです。

 人見知りが始まる頃は、ご承知のようにまだ首も座らない完全な赤ちゃん時期です。人の話しが判るどころか自身の発語も泣き声を上げるかせいぜいアーウー位しか出来ません。しかし、正常に発育していればそんな外見であっても脳の働きは立派に人の違いを視聴覚を通して判別し記憶できるまでに発達しているのです。

 そのような時期から毎日毎日(1)美しく正しい優しい日本語で語りかけるのです。さらに話し言葉だけでなく(2)書き言葉(単語や文章)を示しながら話しかけるのです。いちいちその反応を待ったり確かめる必要はありません。一方的に語りかけます。(3)文章や単語は通常の漢字や漢字混じりの日本語文を示すのです。決してかな文字だけの不自然な文章や単語を示すのではありません。

 ハナは花、鼻と、カミは紙、神、髪と、ハシは橋、端、箸と。学校はガッコウではなく学校と、電車はデンシャではなく電車と教えます。ひらがなやカタカナだけの不自然な日本語ではなく、漢字混じりの普通の日本語で日本文で教えるのが石井式幼児教育の基本なのです。

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根性が芽生え育つ時期に

 根性がある…、さもしい根性、といった根性のことですが、その根性は、後年に完成する性格、人格の土台や根っ子の部分に当たり、その根性が芽生え形成される最初は、実にその人見知りの時期に始まります。そしてその大よそは3~4歳頃までに完成しいわゆる百歳まで引き摺る三つ子の魂になるのです。

 その根性の中に正しい日本語を石井式は植付るのです